イタズラ好きなこの手をぎゅっと掴んで離さないでね? その夜、ハンフリースピークは賑やかだった。 久しぶりの親子水入らず+お邪魔三人ではあったが、ヴァージニアの口からチームが結成して一年経った事、それをジェットが覚えていてくれて、自分が忘れていた大ショックはあったが嬉しかった事などが語られる。 次には持って来たお土産や、各地の出来事など食卓の話題は尽きなかった。いつもなら、そうそうにベッドに入るケイトリンでさえ、目をらんらんと輝かせて皆の話を聞き、質問して笑顔を見せた。 ただ、ふと見ると、時々ヴァージニアが溜息を付いているのに気がついてジェットは眉を顰めた。 『あの莫迦…まだ気にしてやがる。』 しかし、視線が合うと慌てて笑顔に戻る彼女に何という事も出来ず。また話の輪に加わる。そして、その宴は一人の大いなる酔っ払いを残して終わりを告げた。 東の空が白々と明けていくのを、ジェットとヴァージニアの二人はウィンスレット家の庭のから眺めていた。 「う〜ん。楽しかったね〜。」 そう言ったヴァージニアにジェットは嫌な顔をする。続けて、嘘付けと小さく呟いた。 きょとんとジェットの顔を見つめてから、塀の上に置いていた手に顎を乗せヴァージニアは笑う。 「ばれちゃった?」 「当たり前だ。お前自分が隠し語事の出来る頭の良い人種だなんて、勘違いしてるわけじゃねえよな。」 片目だけを細めた表情に、ヴァージニアは頬を膨らませる。 「で、できるもん。私が一個しかないケーキを黙って食べたってジェットはわかんないでしょ?」 「…どこのガキだお前は…。」 飽きれたように言ってからジェットはこう続けた。 「お前は、食べ物に至福を感じるタイプだから表情ですぐ判る。」 心当たりがあるのか、ヴァージニアはハッと両手で顔を抑える。 「じゃ…じゃあ…この間、依頼料と一緒に貰ったアップルパイを一人で食べちゃった事は…。」 「…知っている。」憮然として顔でジェットは答えた。 顔がみるみるうちに、下から上に赤みが上がっていったなぁ。と思ってみていると、そのまま蒸気を吹き上げた機械のように動きを止めてしまった。 ジェットは冷静にそこまで観察した後、とどめの一言をヴァージニアに投げかけた。 「…その時に、ピーチパイも貰っていたことは黙っておいてやる。」 「…って、ゆってるし!!!」 ヴァージニアは両手で頬を抑えたまま、しゃがみこんだ。 そしてジェットに抗議する。しかし…。「文句の言える立場なのか?」 表情も変えずに自分を見下ろすジェットにいいえと答えて、見上げる。 少年は涼しい顔で自分を見下ろしている。 「怒ってる?」 「怒ってない。」 「怒ってるでしょ?」 「怒ってない。」 む〜んと唸って、ヴァージニアは膝の上に肘をおき、それに顎を乗せる。 「でも、食べちゃったよ。残ってないんだよ?絶対許すつもりないよね。」 自分がやったことなのに、一体誰に対して苦情を言っているつもりなのか、口を尖らしてぶつぶつといい続けるヴァージニアに、ふいにジェットの顔が近付いた。 「なら、これで勘弁してやる。」 腰を少しだけ屈めて、ジェットはヴァージニアの唇に自分のそれをゆっくりと重ねた。 すべてが動き出す朝日の中で、二人だけが動きを止めた。 「え…と…。」 ジェットの顔が離れた後、顔の赤みはそのままで、ヴァージニアはジェットを見つめた。 「美味しかった?」 これまた、真っ赤にはなっていたが、ジェットは呆れた顔で彼女を見る。 「…昨日食った、料理の味がした。」 「…だよね。」 えへへと笑うと、ヴァージニアはジェットの腕に自分の手を絡める。 「何だよ、お前は。」 照れくさそうに顔を背けたジェットの顔をヴァージニアは更に覗き込んだ。 「すりすりしたいなあ〜って思って。」 彼女の青い瞳がまん丸になっていて悪戯な子猫を思わせた。横目で見ていたジェットは、反らした顔は戻さずに好きにしろと呟く。 頬を紅く染めた彼の様子もじっくりと観察して、ヴァージニアは口を開いた。 「あのね。一緒に過ごして来た日の事を覚えてくれていたの凄く嬉しかったの。…ちょっとびっくりしちゃてて、わっどうしよって位嬉しかったの。だから絶対お祝いしたいと思ったの。…ありがとうね。」 ジェットの腕に頭を寄せるようにしてそう言ったヴァージニアに頭をジェットに左手がゆっくりと触れた。 「あんなに、色々な事があったんだぜ。忘れないよ。」 そう言って、にやりと笑った。 「忘れてた奴もいたけどな。」 「も〜!!いつもまでも過ぎ去った事にこだわるなんて男らしくないぞ!」 再び口を尖らす少女に「思い出は大事にしろと言っただろ?」と返すとますます頬をふくらませた。 「ちょっと。」 「へ?」 いきなりかけられた声にヴァージニアは奇妙な声を出してしまう。 見ると、腰に手を当てて佇むマヤとその後ろで頬を染めてそわそわしているアルフレッド。 シェイディは感心なさそうにこちらを見ている。 トッドは「お嬢これは出刃亀という行為ではないですか?」と横から耳打ちしていた。 「朝っぱらから、お熱いところ悪いんだけど、彼を迎えに来たわ。」 「朝早すぎでしょ!それに見てたの!?」 バッとジェットから腕を放し、マヤと向き合うと真っ赤になって声を張った。 軽く耳を小指でかきながらマヤはにんまりと笑ってみせた。そして、今度は胸元で高々と腕を組みヴァージニアを見た。 「ええ、ままごとを少しね。」 「ままごとですって!?」 両手をぐっと下に伸ばして、ヴァージニアがマヤを見上げた。 「マヤだって覗き見なんて趣味悪いわよ!」 「此処は天下の往来よ。そこでこ〜んな(といいつつ唇に自分の指を近づけて見せる)事してる人が悪いわよ。」 「見なきゃいいでしょ!て言うか見るな!!」 言い合う二人を、口を手で塞いだまま見つめていたジェットは、 自分の腕に絡められた腕にびっくりして振り返った。 そこには、マヤの弟アルフレッドが頬を赤くしてぶら下っている。 「…何だ…?」 訝しい顔で自分を見つめるその視線ですら嬉しそうにアルフレッドは微笑んだ。 「今日からジェットさんとお仕事できるんですよね。」 「ああ。」 にこにこ笑ったまま、自分から離れようとしない少年に、ジェットは憮然とした視線を送る。それを見るとアルフレッドはなお頬を紅くした。 「格好いい…。」 「何だって!?」 「ささっ、行きましょう。あんなのは放っておきましょうね。」 語尾に音符が飛び交うような口調でアルフレッドはジェットを引っ掴んだまま歩き出す。 「え、ちょっと待て、おい。」 そこから逃げ出そうとしたジェットのもう片方の腕はトッドに掴まれた。 「失礼いたします。」 「え!?おい!」 そのまま有無を言わさず歩き出す。 「あ!ジェット!!」 まるで、借金のかたに娘を連れて行かれるおとっつあんの様にヴァージニアが叫ぶ。 「ジェットに何すんのよ!!」 「何って、彼を借りて行くっていってるじゃないの。もう忘れちゃったの?」 しれっと答えたマヤをヴァージニアは顔を赤くして睨んだ。 content/ next |